チームとは何だろう? その⑧
日本のほとんどの企業が採用している官僚制が発達した大き目の組織では、責任と権限は、業務分掌や職務記述書などによって定義されており、その記述は人事部門が主体となってある程度適切にバランスよく定義されていることが前提となる。
したがって、書面上では責任と権限はバランスよく成り立っているのだが、それを運用するのは人であり、指示する側はマネージャーであり管理者、指示される側はその部下である。その実際の運用で不具合が発生することは少なくない。
それは、たとえば成果を出せない部下にも要因はあるが、その上司であるマネージャーや管理者にも要因がある。マネージャーや管理者に要因がある場合は、その役割を遂行するための能力が不足していたり、能力はあるが既得権益を守るための利己的な行動であったりする。
その結果、大きな責任と小さな権限を与えられてしまった社員は、時には疑心暗鬼になり、時には疲弊したり、時には低能力者の烙印を押されてしまうのである。
しかし、ほとんどの場合、マネージャーや管理者は、その部下の低い実績の責任を取ることはしない。その部下を評価した自分自身の不備には目を向けずに、部下の行動をコントロールすることで部下のアウトプットを高めようとする。そうすると、多くの場合は部下のモチベーションは下がり、さらに成果が出なくなる。そしてさらにマネージャーはコントロールを強め、部下はモチベーションが下がり、最終的にはチームへの貢献なく去ってゆく。
そのようなケースは少なくない。そして、成果が出たらマネージャーはその成果をチームマネジメントした自分自身の功績として上司にアピールし、成果が出なかったら部下を指導することで責任を転嫁する。企業組織に所属した経験のある人は、そのような事象を感じ取ったことがあるのではないだろうか。
もちろん、そのような悪いケースではないケースもあるのだが、多くの場合は、マネージャーが自己を正当化する傾向が強いと感じる。それは、企業変革パートナーとしてクライアント企業の支援に入った際の実感だ。
そしてまた、業務そのものや業務プロセスの不備が、成果を出しにくくしている場合も多くある。部下が自分自身の責任を果たすための権限を十分に持てずに、そして業務にも不備がある状態で、部下は「人力」でなんとか頑張る。しかし成果がでなければマネージャーから努力が足りないと指摘される。部下が成果を出しやすくするために環境整備をするのもマネージャーの責任であるにも関わらず、マネージャーは環境整備をせずに、部下を責めるのである。そのようなマネージャーが多いこと多いこと・・・。
筆者はBPRコンサルとしてもクライアント企業に入り、業務改革をする。それは、業務の不備を改善改革せずに部下に責任を転嫁するマネージャーによって不幸になる従業員を無くしたいとの思いもあってだ。
人が変わらなければ何も変わらない。そう思う。しかし、業務を最適化すべき人が変わらないので業務が変わらない。だから、外部が支援して業務を変えることも必須だ。
筆者が、人材組織開発の領域と、事業業務改革改善の領域の両方で支援するのは、そのような理由もあるからだ。