チームとは何だろう? その⑦

チームや組織を一つの塊と見たときに、その塊と、その外の環境とのつながりは、重要だ。塊は、どこかの大きな環境の中の一つだ。そして、ほとんどの場合、外の環境全体の方が遥かに大きくチカラの強い存在だ。その大きくチカラの強い存在から、「おまえは不要な存在だ」と言われれば、その塊は存在が危うくなる。

過去にも、さまざまな企業が、社会から「不要だ」との声を受けて、たとえば客が大幅に減って売り上げが減り損失が拡大し、企業としての存続が難しくなった例がある。

同じように、チームや組織は、個々人の集合体という塊だ。個々人は、その外の環境としてのチーム全体や組織全体がもつ大きく強いチカラによって、個々人としての存在が安定になったり不安定になったりする。

個々人は、チームや組織という塊全体に対して貢献できなければ、その塊から存在を認められない。存在を認められるために貢献する。価値を出す。この価値を出すときに、チームや組織が保有して資源を活用することで、レバレッジを利かせて、その個人が生み出す価値をより大きなものにする。もし、チームや組織が保有している資源を活用しないのであれば、それは単に、チームに所属していない一人の個人としての価値創出だ。

一般的に組織レベルになると、その個々人が使える組織の資源は、公式的な制度によって決められている。役割、その権限によって資源を使い、責任を果たす。大きな責任であれば、より大きな権限を付与される。大きな権限とは、大きな資源、多くの資源、強い資源、重要な資源を使える権限となる。小さな責任であれば、使用できる資源も小さく、少なく、弱く、一般的なものであることが多い。

これを逆の観方をすると、組織は、その構成員に、組織の資源を使用する権限と、その個人に求める責任の両方を提供することが必須となる。
しかしながら、そのバランスが崩れている例もある。組織が個人に責任を与えるが、組織資源を使う権限は与えない、または権限が小さすぎ少なすぎるというケースが少なくない。そうすると、個人には不満や疑心暗鬼が生まれる。それが、組織の中での心理的安全性の低下にもつながる。そして、この組織に所属している意味がない、そのような考えが増してゆく。