チームとは何だろう? その⑥
ここで考えてみる。ミッション型はプロジェクトの際には効果的な動きであるが、プロジェクトが終わった後はミッション型を継続する必要性は下がる。
ミッション型で、目標に向かってガンガン進み、素早く変革するためにぶつかり合う。そのぶつかり合うという行為を、「間違う」と、安定期である平時の過ごし方にも影響が出てしまう。
その典型例は、人員削減というリストラを含めた変革と、その後のスリムになった組織での運営だろう。変革期の進め方が一番難しいといえるのが、そのような人員削減を含んだ変革だと考える。
組織の中での仲の良さレベルによってもその難しさは変わるとは思うが、難しいのは、仲間が人員削減されて別れることになる悲しさもあるが、そのような人員削減の対象に自分自身がなることへの不安と恐怖だ。日本ではリストラによって直ぐに職を失うようなことは多くないとは思うが、生活のための収入が途絶えることは、たとえ失業保険で数か月賄えるとしても、大きな不安が襲い掛かるものだ。
筆者は、過去に所属していた大企業を辞めてから、社会人ではない立場、を味わいたいとのことで、1年半無職期間を過ごしたことがある。その時、再就職には相当苦労した。当然である。
北海道で生まれ北海道で育ち、北海道の地方都市の工場で働き始め、その後東京本社に転勤し、昼は通常勤務、夜は大学で勉強して4年を過ごした日々で業務改革を進め大学でトップの成績で卒業し、チカラが相当高まった半年後に北海道へ転勤となり、転勤先の北海道でも変革を進め、1年半でやり切った感と次のステージでの挑戦のために退職し、無職の状態で東京に出てきて、1年程バイクで日本中を放浪していただけの30代前半の専門スキルもない男を、すぐに採用するような企業はほぼない。
その1年半の無職期間の後半6か月は、もちろん収入はなく、生活費と若干の遊びに使う支出だけの、そしていつ収入を得られるのかもわからない不安の日々であった。1年半の無職期間の前半は盛大にやりたいことをやったおかげで、数百万円あった貯金も底が見え、もうあと一か月分の家賃しか残っていないような状態で、やっと転職が決まった。
そして仕事を始めてから1か月後に、やっと収入を得られた。1年半ぶりの収入だ。この時の安堵感は、もの凄いものだった。そして、生きること、住めること、食べられること、働けること収入を得られることの大切さを痛感し、社会を甘く見ていたこと、社会で生きるためにはもっとチカラをつけなければならないことも痛感した。
あの時、このような、社会人ではない立場を楽しむ、ということをしなければ、おそらくこのような強い身体知としての不安や恐怖は得られないだろうと思う。
逆に観ると、そのような経験していない人は、人員削減というイベントに対して、その当事者になるまでは、本当に全身で感じ取る強い不安や恐怖の存在を知らずに過ごすのだろうとも思う。それは、筆者が仕事仲間や友人とのコミュニケーションの中でも感じ取れる、経験者と未経験者の間にある大きな違いだ。
そのような違いも、それ以外のさまざまな違いも存在しているのが組織である。その違いによって、組織の一体感が低下することも多い。違いが少なく、仲良しクラブのような組織であれば、対立が少なく、平和に過ごせる可能性が高い。もちろん、その組織の外の環境からその存在を認められるような組織であれば平和がつづくだろうし、存在を否定されるような組織であれば変革が求められるだろう。