チームとは何だろう? その①
チームという単語を、日本語で直接訳せる、単語、がないのではないだろうか。不思議だ。これが言語を含んだ文化の違いなのだろうか。
一般的に、チームとは、ある目標を達成するために協働する集団、と解釈される。目標つまりゴールが必要であり、そこに向かって協働するという集団行動が必要だ。
日本語の、集団、班、組、などは、そのような目的と手段がペアになった解釈はない。とても簡潔に解釈すると、
「集団」は、かたまり。
「班」も、大きなかたまりの中の部分のかたまり。
「組」は、くまれたもの。
「組織」は、組と同等と捉える場合もあるが、「一定の共通目標を達成するために、成員間の役割や機能が分化・統合されている集団」らしい。
そのような解釈から観ると、「チーム」は「協働する」という動きが含まさっている動的なものである。そして、「集団」、「班」、「組」は「組織」は、相対的に静的だ。筆者の感覚ではあるが英語には動的な定義が多いと感じるし、日本語には静的な表現が多いとも感じる。これは文化の違いなのであろう。
さて、では、「チーム」を表現したときに、例えば、自分自身にとって理想的なチームとは、いったいどんなチームなのだろう。
筆者は、ドラゴンクエストのパーティーを思い浮かべる。ドラゴンクエストといっても、多くのシリーズと複数のナンバリングタイトルがあり、全体では30年以上もヒットしているモンスターゲームでもある。若い世代が知っているドラゴンクエストと、古い世代が知っているドラゴンクエストは、恐らく異なる部分も多くあるのだろう。
筆者が思い浮かべるドラゴンクエストは、ドラゴンクエストⅠ~Ⅵくらいまでが中心だ。
チームを語るうえでの材料として、まず、このドラゴンクエストについても少し説明したい。
1986年5月に、最初のドラゴンクエストが発売された。今でこそ「ドラゴンクエストⅠ」と表現されることも多いが、その当時は「Ⅰ」ではなく、単に「ドラゴンクエスト」だった。
発売されてすぐに爆発的に売れた、のではなく、徐々に話題になっていったような売れ行きだった。このドラゴンクエストはファリミーコンピュータ、略称ファミコンをゲーム機本体として、そこにゲームカセットを差し込んで起動するゲームでもある。そのゲームのカセット(当時筆者は「ファミコンのカセット」と言っていた)は、既にファミコンを持っていた筆者もいくつか持っていた。たしか高校1年の時に、クラスの友人と、互いにカセットを貸し借りするときに、複数のカセットの中に入っていたのがドラゴンクエストだった。
RPG:ロールプレイングゲームであるドラクエは、当時のゲームの中では新鮮だった。当時のゲームは、アクション、シューティング、スポーツなどが多く、RPGも海外ものが少しはあったが、筆者はそれほどハマってはいなかった。そこにドラクエが入ってきた。
ファミコン本体にドラクエのカセットを差し込み、ファミコン本体の電源をオンにすると、ドラクエが起動する。そして、ドラクエのオープニングが始まる。そのオープニングが、またなんとも味のあるオープニングであり、当時のゲームのほとんどが無機質なオープニングだったのと比較すると、なんともワクワク感が感じられるオープニングであった。
知っている方も多いと思うが、その音楽はもう故人ではある「すぎやまこういち」氏の作曲だ。そしてゲームスタート。すると、ゲームの主人公の名前を自由に入力することができ、そこに自分自身の名前を入力する。そして、その、自分の名前を入れた(場合によっては自分の名前ではなく自分の好きな名前の)主人公は伝説の勇者ロトの子孫として、王様から悪のボスである竜王の討伐を命じられ、冒険が開始する。城の王室から始まり、城下町で買い物をして、場外に出てフィールドでモンスターと遭遇して戦い、勝利すると経験値とお金を得る。経験値が一定数まで上がるとレベルが上がり、強くなってゆく。お金が貯まると町の武器やなどで強い武器防具を買うことができる。広大な大陸には町が点在し、洞窟にはより強力なモンスターが居て、見つけ出した宝箱には財宝が入っている。そして謎を解き、ラブを含めたさまざまなイベントを楽しみ、継続的に自分自身を成長させ、強くなり、最終ゴールである竜王を討伐する。そして平和が訪れる。
そのストーリーを、伝説の勇者の子孫である自分の名前をつけた勇者という主人公として、ゲームの中の世界を冒険の旅を楽しむのである。まるで自分自身がそのゲームの世界に入って冒険しているその没入感に、一気にハマってしまった。そんな、主人公と自分が同一な感覚で楽しめるゲームは、その時代には他にほぼなかったし、自分自身にとっては初めての体感であった。
中学生の時に「ゲームブック」というストーリーの中で自分自身で判断することで展開が変化する本に少しハマったのを思い出した。自分で判断し自分で進む。ゲームブックの場合は多くはない複数のストーリーの分岐によって自分だけのストーリーを楽しむことも出来る。しかし、その選択肢やストーリーは、ドラクエと比較すると選択肢は少なく限定的であった。このドラクエは、本質的なストーリーは固定化されているものの、その道筋はかなり自由だ。そして何より、自分の意志で広大なゲームの世界を自由に動き回り、旅することができるのは劇的だった。
また、そのゲームの世界の中に存在するキャラクターは、デザインを故人である「鳥山明」氏であったのもワクワクする世界観を最大限に印象付けた。
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